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2026-09-04

製造業のAI活用事例3社 ── 外観検査より先に効いた「間接業務」の実際

「製造業のAI活用事例」を検索すると、外観検査の話ばかりが並びます。大手鉄鋼メーカーのAI検査装置、自動車メーカーのロボット制御、数千万円規模のスマートファクトリー。読み終えて残るのは「うちには関係ないな」という感想ではないかと思います。

この記事で紹介するのは3社だけです。従業員は約100名、約350名、約30名。どこも専任のAI担当はいません。そして3社とも、新しい機械を1台も買っていません。今あるExcelとメールと、十数年前から使っている基幹システムのまま始めています。

事例の数では他の記事に勝てませんし、勝つ必要もないと考えました。23件並べても、経営者が最後まで読むのは自社に近い1件だけです。かわりに、業務の中身・実測した数字・どこでつまずいたかまで書きます。社名は伏せますが、業種と規模は実態のままです。

「製造業のAI=外観検査」で止まると、たいてい何も始まらない

私たちが製造業の経営者からご相談をいただくとき、話題は外観検査に集中します。展示会で見た、同業が入れたらしい、親会社から聞かれた。入口はだいたいこの3つです。

ところが業務を伺っていくと、実際にお困りなのは別のところにあります。事務の手作業、紙とExcelの往復、そしてベテランの頭の中にしかない判断。困りごとと、相談テーマがずれているわけです。

検査AIが悪いという話ではありません。順番の問題です。

間接業務は逆です。元データはすでに社内にあり、試作に工程を止める必要がなく、効果は翌月の実作業時間で測れます。最初の1テーマとしては、こちらのほうが安全です。失敗しても、失うのは数週間の検証時間だけで済みます。

中小製造業で本当に詰まっている3か所

3社を伴走して分かったのは、詰まっている場所がどこも似ているという点でした。

個人の頭に入っている

見積が感覚ベース。採番のルールも原価の考え方も、特定のベテランに聞かないと分からない。その方が休むと、周りの仕事が止まります。

十数年前の基幹システムに閉じている

データは入っているのに、引き出せません。過去の手配履歴が検索できない、会計と連動していない、表記ゆれと重複が放置されている。「システムはあるのに使えない」という状態です。

紙とExcelの往復で消えている

手書きの作業時間票を、毎朝Excelに入力し直す。出勤簿はPDFの画像。届いた注文書を見ながら、基幹システムに打ち込む。一つひとつは数分でも、月単位で積むと人ひとり分になります。

この3か所に共通するのは、AIが無いから遅れているのではないという点です。知恵と情報が個人と旧システムに閉じ込められていて、取り出せない。AIはその鍵として使うのが実際的でした。

事例1:受発注 ── 注文書PDFを「信号機」に変える

住宅設備メーカー/従業員 約100名

取り組み前

取引先50社から、注文書がFAX・メール・PDFでばらばらに届きます。担当者が1件あたり10〜15分かけて内容を読み、基幹システムに入力する。月800件で月160時間。残業が常態化し、入力ミスによる出荷トラブルも起きていました。

やったこと

注文書のPDFをフォルダに入れると、AIが取引先・品目・数量・納期・単価を読み取り、社内の登録マスタと突き合わせて、基幹システムに入力する前の確認用Excelを作る仕組みにしました。

肝は、AIに全部やらせなかったところです。読み取った結果を3色に仕分けています。

意味人がやること
確定。マスタとも過去の入力例とも一致そのまま入力
要確認。支店違い、色違い、枝番、お届け先など候補から選ぶ
未知。マスタに無い新規取引先・未登録品登録を依頼する

担当者が目で追うのは黄と赤だけです。全件を疑いながら見るのと、1割を集中して見るのとでは、疲れ方がまるで違います。

運用のルールも、細かいところで決め事をしています。単価はマスタから引かず、注文書に書かれている単価をそのまま使う。マスタと注文書が食い違ったときに、実際の注文内容が上書きされてしまうと事故になるからです。届いた注文書は担当者ごと・月ごとのフォルダに入れる形にして、2人が同時に作業しても同じ注文書を二重で処理しないようにしました。

こうした決め事は、AIの性能とは関係ありません。けれど、ここを詰めずに動かすと現場は使ってくれません。

効果

指標導入前導入後
1件あたりの処理時間10〜15分1分以下
月間作業時間160時間約15時間
入力ミス月数件ゼロ

つまずいたところ

最初の壁はFAXでした。スキャンの画質が取引先ごとにばらつき、初期の読み取り精度は8割ほど。ここで「AIは使えない」と結論を出しかけました。

やったのは、精度を上げる技術的な工夫ではなく、様式を揃えるお願いです。件数の多い取引先10社に注文書フォーマットの統一を依頼し、そこから順に広げました。AI導入と聞くと技術の話に寄りがちですが、実際に効いたのは取引先への一本の連絡でした。

事例2:間接業務 ── 給与計算と月次業績の突合

冷間鍛造の自動車部品メーカー/従業員 約350名

大手の監査が入るTier2サプライヤーです。本命は生産管理でしたが、最初のテーマは総務と経営企画の間接業務にしました。現場を止めずに始められて、成果が数字で出るからです。

出勤簿が94ページの画像でも読み取れた

給与計算の元データを一式お預かりして分かったのは、出勤簿が全94ページのPDF画像だったことです。文字データではなく、紙をスキャンした画像。ここで手が止まる会社は多いと思います。

結果は、846セル中846セルが一致しました。手書きで修正されていた13件も、すべて正しく読めています。専用のOCRソフトを買い足してはいません。

月次業績の5工程が約20秒になった

経営企画の月次業績管理は、5つの工程を毎月手作業で回していました。データを置いて実行すると、約20秒で5つの成果物が出来上がる形にしています。

白紙のテンプレートから再現テストを行い、3,504セルが一致、差異は38セル(98.9%)。残る差異の正体も、次の話につながります。

属人化の正体は、647品番のうちの1行だった

担当の部長は毎月、集計表の数式をわざわざ消して、ある品番だけ手入力していました。周りから見れば熟練の技です。

中身を追うと、同じ製品でも社内で加工したものと外注に出したものとで加工高の単価が違い、基幹システムがその区別を持っていませんでした。だから人が補っていた。該当するのは647品番のうち1行だけ、例外率にして0.15%です。

属人芸に見えていたものは、言葉にしてしまえば引き継げるルールでした。AI導入の作業の大半は、実はこの言語化に費やされます。

Excelは置き換えない

設計方針として決めたのは、既存のExcelを作り替えないことでした。

理由は3つあります。担当者が長年育てたExcelは既に完成していること。関係者の合意事項として体裁を変えない約束があったこと。そして、そのファイルには外部リンクが80本以上張られていて、作り替えると連鎖的に壊れることです。

そこでAIの担当範囲を「Excelに貼る値を作るところまで」に限定しました。運用の見た目は変わらず、手作業だけが消えます。基幹システムの入れ替えも不要です。

ついでに片付いた議事録

この会社では、月次業績と給与計算に加えて、議事録の作成も自動化しました。録音した音声からWordの議事録を直接作る形にして、マニュアルごとお渡ししています。社長は自分のスマートフォンで録音し、文字起こしをメールでPCに送る運用に落ち着きました。

ここで一つ、伝えてよかったと思っているコツがあります。修正の指示は、途中の文字起こしにではなく、出来上がった議事録に対して出すというものです。文字起こしの誤変換を一つずつ直そうとすると終わりません。最終的な議事録を読んで「この部分は決定事項として書いて」と指示するほうが、手間が少なく精度も上がります。

つまずいたところ

技術ではなく、段取りで止まりました。検証には毎月の締め処理が終わった実データが要るため、こちらの都合では進みません。相手の業務カレンダーに完全に律速されます。

もう一つは例外ルールの言語化です。「なぜこの品番だけ手入力なのか」を担当者が説明しきるまでに、複数回のやり取りが必要でした。ここを飛ばすと、精度が99%で止まったまま残り1%の理由が分からなくなります。

事例3:技術継承 ── 図面3,000枚と十数年前の基幹システム

オーダーメイド機械メーカー/従業員 約30名

先に断っておくと、この会社はまだ導入前です。現場ヒアリングと提案の段階にあります。それでも載せるのは、診断で見えた構造が、多くの一品一様メーカーに当てはまると考えているからです。

一品一様の設計・製造で、受注から納品まで3〜6か月。在庫はほとんど持ちません。現場を3部署回って見えたのは、次の状態でした。

ここで「まず外観検査を」と提案しても外れます。この会社の詰まりは検査ではなく、過去の情報が誰にも引き出せないことだからです。

ご提案した順番は、設計課 → 生産管理 → 機械課 → 全体、の段階導入です。図面と過去トラブルを引ける状態を先に作り、そこに手配履歴と実績をつなぐ。作業時間の入力をなくすのはその後にしました。効果が大きい順ではなく、土台になる順に並べています。

順番を土台優先にしたのには理由があります。作業時間の手入力は、見た目にはいちばん無駄に見えます。しかし、そこだけ自動化しても、入力された時間データを引き出して使う仕組みがなければ、集まったところで誰も見ません。先に情報を引き出せる状態を作ってから、入る量を増やす。この順にしないと、きれいなデータが溜まるだけで終わります。

なお、この会社では在庫予測を提案から外しました。受注生産で在庫をほぼ持たないため、当たっても効果が出ません。

AIが効かない製造業務もある

支援する側が書きにくい話ですが、向かない業務ははっきりあります。

「何でもできます」と言う相手には、逆に注意したほうがいいと思います。

最初の1テーマの選び方

3社に共通していたのは、経営者が最初のテーマを自分で決めていた点です。現場に丸投げした案件は、たいてい3か月後に何も変わっていません。

選ぶ条件は3つです。

  1. 定型である:手順がだいたい決まっている
  2. 量が多い:月100時間を超えていれば最有力
  3. 付加価値が低い:無くなっても誰も困らない、むしろ喜ばれる

判断のために、まずこの表を埋めてみてください。

業務名月間件数1件あたり月間時間定型度
例:注文書の入力800件12分160時間
例:月次レポート作成1回3日24時間

埋めてみると、思い込みと実態がずれていることが多いです。「一番大変なのは見積だ」と考えていた会社で、実際に時間を食っていたのは日々の転記だった、という例もありました。

3か月の進め方

STEP1|業務の棚卸しと1テーマの決定

上の表を埋めて、経営者が1つ選びます。ここは現場に委ねません。

STEP2|現物データで試作と答え合わせ

サンプルではなく実際のデータで作り、人がやった結果と突き合わせます。事例2で行った846セルの照合がこれにあたります。

STEP3|例外ルールの言語化

合わなかった部分の理由を、担当者に聞いて言葉にします。ここが山場です。

STEP4|手順書を残して担当者へ移管

作った人しか動かせない状態にしないため、手順書まで残します。属人化をAIで作り直したら意味がありません。

よくある質問

Q. 設備投資は必要ですか

3社とも新しい機械は買っていません。必要だったのは、AIの利用料と、業務を整理する時間です。

Q. 何名規模から効果が出ますか

今回の3社は約30名・約100名・約350名でした。人数よりも、同じ形の作業が月にどれだけあるかで決まります。

Q. 現場が反発しませんか

間接業務から始めたのは、この理由が大きいです。「仕事が奪われる」という受け取られ方をしにくく、担当者本人が最初に楽になります。事例2では、毎月の手入力から解放された部長が推進役になりました。

Q. 情報漏えいが心配です

社内データを外部に学習させない設定と、扱ってよい情報の線引きを先に決めます。詳しくはClaude Codeのセキュリティ ── 企業導入時のチェックリスト10項目にまとめました。

Q. どのくらいで数字が出ますか

1テーマなら3か月が目安です。事例2では、データをお預かりしてから照合ツールが動くまでは数日でした。長くかかるのは開発ではなく、例外ルールの言語化と社内の合意です。

Q. 基幹システムを入れ替える必要はありますか

ありません。3社とも既存のシステムを残しています。入力前の確認表を作る、貼る値を作る、といった形で外側に足すほうが、止まるリスクが小さいです。

まとめ:今月の1アクション

3社に共通していたのは、次の3点でした。

外観検査は、この後でいいと考えています。順番を変えるだけで、始められる会社はかなり増えるはずです。

今月の1アクション:月間の作業時間が最も大きい事務作業を、1つだけ書き出す

注文書の入力、月次レポート、日報の転記、見積書の作成。件数と1件あたりの時間を掛けて、月100時間を超えるものがあれば、それが最初のテーマ候補です。

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あわせて、他業種の事例はAI業務効率化の事例集に、進め方の全体像はAIエージェントの作り方を経営者目線で整理にまとめています。

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